じとじと べたべた
嫌な季節
空から降るのは恵みの雨か それとも
締め切った窓の外
15分ほど前から降り出した雨でその世界はもう水浸しになっている
朝の天気予報では降水確率は30%ぐらいだったか
雨雲は真っ黒く広がっているとかそんなんじゃなくて
ところどころ雲の切れ間から光が差し込んでいた
どうせただのとおり雨
すぐ止むだろうと思って図書室で時間をつぶそうと思ったのが間違いだった
「くそだりぃ…」
しとしとと降り始めた雨は今やざぁざぁと音を立てて
少しだけ覗いていた太陽光はすっかりと姿を消してしまった
こんなことなら雨が降り出した時に学校を出ていればよかった
それならまだ走って帰ればそれほど濡れなくてすんだかもしれないのに
雨音でかき消されてしまうほど小さく舌打ちをして
さして興味もないただ単に時間をつぶすためだけに棚からひっぱりだした小さな本を適当に放り投げて席を立つ
後ろで何か文句を言っている図書委員の声をぼんやり聞きながら
重い足を引きずって図書室をあとにした
こんな時に限って学校に傘をおいていく馬鹿がいないのだから全く嫌になる
いつもならちらほらと置き去りにされた傘たちが立てられている傘立てはやけにがらんとしていて
じっとりと湿気を含んだ空気だけがそこに溢れかえっていた
しょうがねぇ走って帰るしかねぇか
諦めて雨の中に一歩踏み出そうとした時だった
「あれ。獄寺くん?」
「じゅ…十代目?!」
突然の声に驚いて振り返るとそこには神々しくありがたい十代目が立ってらっしゃった
(こんなにも偶然に会うなんてやっぱり運命かもしれない)
「獄寺くん傘持ってないの?」
「えっ?あ……はっ…はい」
運命だなんてくだらないことを考えていたら変にどもってしまった
(かっこわりぃ俺!)
「なら俺のに入ってきなよ。風引くよ?」
十代目はそう言いながら鞄の中から小さな小さな折り畳み傘を取り出した
じめじめを吹き飛ばすような綺麗なオレンジ色の傘
パンと軽快な音を立てながら広げられたそれは何だかすごく十代目に似ているなと思った
い…いや今はそんなことを考えている場合じゃないんだ
十代目の傘に俺が…?馬鹿な!!
本来ならば雨で困っている十代目にさっと傘を差し出すべきは俺なんだ
それこそが真のボンゴレの一員!
それこそが真の右腕!!
「俺なんかのために十代目の御手を煩わせるわけにはいきません俺は濡れて帰ります!」
しっかりと十代目の目を見ながら
勢いよく一息でそう告げると十代目は呆れたようにため息をついて
ゆっくりと口を開く
十代目もまっすぐに俺を見ていた
「何言ってんの獄寺くん」
「どうせ方向一緒なんだから入っていけばいいじゃん」
あぁなんて寛大なお方なのか十代目というお人は
きっとその一言に十代目の愛が凝縮されている(気がする!)
結局俺は十代目の傘に入らせてもらうことになった
(正直な話十代目と相合傘なんて嬉しすぎて是非とも御一緒させていただきたいというのが本音だったんだ。とことんかっこわりぃ俺!)
「こないだの作文のことでさー呼び出されてたんだよ俺。再提出だってさ。はぁぁぁ〜〜…」
「十代目の作文の良さがわからないなんてクソですね。ぶっ飛ばしてやりますよ!」
「いややめてよ!再提出どころじゃなくなるから絶対に何もしないでじっとしてて!」
オレンジ色の傘の下
じとじと べたべた
湿気を含んだ空気は相変わらず全身に纏わりついて離れない
それでも何故だかそんなものは全く気にならなくて
それよりもずっと気になるのはこの傘が思っていたよりもずっとずっと小さいこと
十代目の肩がぶつかってしまうほど近いこと
自分の顔がいやに熱いこと
平静を装っていつもどおりにしているつもりだけど
このめちゃくちゃにうるさい胸の鼓動が十代目にも聞こえていたらどうしよう
激しく音を立てる雨が今はすごくありがたく思う
いつもと同じ帰り道が
やけに長いようで短いようで
何だか変な感情がぐるぐるぐるぐる頭の中をかき回して
無意味にきょろきょろと視線を泳がせてしまった
「あ。ごめんこの傘小さいよね。」
変に身じろぎしてしまったせいで十代目に気を遣わせてしまった
(俺としたことが!)
今まで必死に見ないようにしていた十代目のほうにふと目を向けてみると
傘からはみ出た右の肩が雨で濡れていた
ありえない
俺のせいで十代目を守るべき傘が傘としての役目を果たしていない
そんな馬鹿なことがあってたまるか
そう思ったら途端に胸のドキドキは雨と一緒に地面に染み込んで消えて行った
俺は自分が恥ずかしい
相合傘だなんてガキみてぇなこと考えて喜んで
十代目が俺に気を遣って雨に濡れているというのに一人で浮かれていたなんて
「すっすいません十代目!俺なんかのために雨に…!!」
「え。突然何言ってんの?!」
「俺だめですやっぱり濡れて帰ります!!」
「ちょ…待ってよ!!」
恥ずかしすぎて十代目の顔も見れないまま
雨の中に飛び出そうとした瞬間
腕をつかまれて俺の身体はまた居心地の悪いオレンジの中に戻されてしまった
腕をつかむ力は想像以上にずっと強い
「獄寺くん意味わかんない」
えぇぇ〜っっ意外なコメント!
「獄寺くん俺に気使いすぎ」
「…はい。」
「俺別に肩が濡れるくらい気にしてないよ」
「…はい。」
「獄寺くんが濡れて帰って風邪引くほうがよっぽど嫌だよ」
地面に染み込んだドキドキが雨と一緒にまた降りてきた
やっぱりだめだ
全身の血が沸騰したみたいに顔に上がってきて
雨なんか全部蒸発してしまうほどに熱い
ポケットにぶっきらぼうに突っ込んでいた手のひらが小刻みに震えて
じんわりと汗が滲み出す
「あっありがとうございました!!」
気付いたら雨の中を走り出していた
後ろから十代目が俺の名前を叫ぶのが聞こえたけれど
だめだだめだ振り返ったらだめだ(だってきっと顔が赤い)
あぁ折角十代目が傘に入れてくださったのになんて無意味
制服のシャツもズボンも 髪の毛も全部ぐちゃぐちゃで
うっとおしく身体に纏わりついてくんのに
もうそんなことはどうだっていい
とにかく速く
走って
走って
この真っ赤になったみっともない顔が誰にも見られないように
でもたまには悪くないかもしれない
(だって獄寺くん風邪ひいても無理して学校来て風邪移すじゃないか)