ぷちん

ころころ

ころがるボタン



シャッペスパン#30



「あ。」

小さな声に反応して振り返る
十代目の視線をそのまま追ってみるとその先には白くて小さなボタンが転がっていた

「取れちゃった。」

白いボタンをじっと見つめたまま何気ない素振りで上げられた十代目の右腕
シャツの調度カフス(っていうのか?あれ)のところ
ボタンが付いていたであろう所からひょろんと一本白い糸が飛び出している
ボタンからその糸に視線を移した十代目ははぁと小さくため息をついて
まぁいいやと言いながら親指と人差し指でひょいとボタンを拾い上げた

「いいんすか?」

「帰ったら母さんにつけてもらうよ。」

ポケットに適当につっこまれるボタンをじっと見つめていたら
十代目はもうとっくにそんなものは忘れた顔をしていて
「何してんの獄寺くん帰るよ」って階段のほうを指差しながらちょっと面倒くさそうに言われてしまった
でもそれよりなんだか右手からひょろんとはみ出した白い糸のほうがずっと気になった
なんだ あれ 気になる

「なぁツナ。何だったら今つけちまえば?俺今日裁縫道具持ってんだ。」

白い歯を覗かせながらむかつく笑顔で十代目の隣を歩いていたあいつ(あー名前なんだっけな。忘れたな!むかつきすぎて!)がそんなことを言いながらがさがさと鞄の中を漁りだす
てめぇなんでそんなもん持ってんだとイライラしたまま問いただすと
「俺家庭科の課題全然やってなかったから昨日家庭科室呼び出されてよ。やらされてたんだ。んでそのまんまコレが入ってたってワケだ。」
なんて笑いながらガチャガチャ音を立てる中途半端にでかい箱を鞄の中から取り出した
(てか何笑ってやがる 何がおかしい)

「えーいいよ別に困んないじゃんコレなくても。しかも取れたの右側だから脱がなきゃ縫えないしめんどくさいよ。」

十代目は眉間にしわを寄せながらボタンの取れた右腕を俺たちに見せるようにパタパタと動かして見せる
この野球馬鹿に賛同するわけじゃないが(決して!)
やっぱりその場所はなんだか とても 気になった
なんだ あれ 気になる気になる気になる

「まーまー。俺がつけてやるって!」

にかにかと相も変わらずむかつく顔で廊下にしゃがみこんで
大雑把に広げちまった裁縫道具達をひょいと取り上げながらそう言って
あの男が左手でちょいちょい手招きをすると
十代目は渋々といった感じで同様に廊下にしゃがみこんで山本がせかせかと手を動かすのをじっと見つめていた

あぁ気に入らない
お前家庭科室に呼び出されてる分際でなにが俺がつけてやるだいい加減にしろ
野球やるしか能のないてめぇの不器用な手で十代目がお怪我をしたらどうしてくれるんだ
死んで詫びるとでも言うのか 
どうせまたくそむかつく顔でヘラヘラと「あ。わりぃ。」とかそんな感じでサラッと流すつもりなんだろう ざけんな!

そう思ったら俺は山本の手から細い針と白い糸を奪い取っていた

廊下に座り込んでしまっているせいで俺より下に並んだ2人の驚いた目がじっと俺のことだけを不思議そうに見上げている
窓から差し込んだ太陽の光がキラキラと十代目の瞳を輝かせるのがすごく気になったが
それを見てしまうのはなんだか悪い気がして
気付いたら細い針をじっと見据えながら「俺がやります!」と高らかに宣言してしまっていた

それがいけなかった


いつもの倍以上にかっと目を見開いて針の穴をもう長いこと凝視しているのに
針に入るように設計されているはずの白い糸は一向にその穴に入ってくれない
横から時々聞こえる「もういいって」とかいう腹の立つ声が余計にそれを邪魔しているように思えた
くそくそくそくそ
針の馬鹿
糸も馬鹿だ
なんで思い通りにいかねぇんだくそ

無駄に力を込めた指先から汗が滲む
不安定になった針がぐらぐら目の前で不規則に震えて
ふっと力を弱めるとそれは指先からぽとりと転げ落ちてしまう
軽く敗北感
こんな小っこくて細っちい針なんかに
しかも極めつけはこれが山本の所有物だということ(屈辱だ)

歯をぎりぎりと食いしばって
転げ落ちた針を睨みつけていると
さっきボタンを拾い上げたのと同じように十代目が親指と人差し指で上手にその針を拾い上げた

「わかったよじゃあここは俺がやる。」

十代目はいつの間にか疲れきった顔をしていて
最初についたよりもずっと大きなため息を吐きながら俺の手の中に握り締められていた糸をつまみあげて持って行ってしまった

3人の息が止まって視線が一つに集中する
十代目は器用でも不器用でもない手つきで(それでもどこか威厳を含んでいる)
俺が散々もてあそんでばさばさになってしまった糸の先をきゅっとつまむと
ゆっくりと小さな穴にそれを通していった
(あぁその一挙一動さえもいとおしい)

「はい獄寺くん」

十代目が俺の前にさっと差し出した針を
たった今やっと通った糸が抜け落ちてしまわないように丁寧に受け取って
あぁやっと次に進めるなんて内心かなりほっと胸をなでおろした


そして玉結びだ
くるくると糸の先端を指に巻きつけてもう片方の手でそれをつまんでつーと引っ張る
さぁこれで玉結びの完成だ

とうまくいけば良かったのだが

指に巻きついた糸がそこからなかなか離れて行ってくれなくて
強引にぎゅっとひっぱると
プチンと小さな音をたてて糸は切れてしまう
俺の頭の中でもぷちんと何かが切れたように感じた

「………このっ…!」

「あーあーあー!もうわかったから獄寺くんこれも俺がやるから!!」

そう言って十代目はさっきと同じように俺から針と糸を持って行ってしまう(なんて情けない俺)

軽く心にダメージをくらいながら制服のズボンを握り締めて
俯きながら廊下のワックスの所々剥げたところを見ている間に
十代目は俺がどう頑張っても作れなかった玉結びを完成させて
これまたさっきと同じように「はい獄寺くん」と俺の前に差し出していた

情けなくて非力な俺なんかとは違う
さすが十代目かっこいいです十代目!

そんなことを思いながら俺もさっきと同じようにそれを丁寧に十代目から受け取った



十代目から受け取った針で 糸で ボタンで
俺の作業はゆっくりと ゆっくりと進んでいく
窓の外は少しずつオレンジ色に染まってきたように思える
き…気にしない 気にしない …気になる……
俺がぎらぎらと目を光らせて十代目の右腕を凝視しているのに反して
当の本人と後ろに何故か待機している(帰ればいいのに)山本はその窓の外の
遠くのオレンジをぼんやりと見つめていた

くそぅ俺の作業がトロいとでも言いたいのか

あ 違います違いますよ十代目 十代目に言ったんじゃないんです
俺は十代目の後ろにいる ほら そこの馬鹿に対して言ったんですよ
嘘じゃないです 俺の心はいつだって正直であなたに忠実なんです
俺今真実の口(だっけ?)に手を突っ込んだって無傷で誇らしげにその腕を引き抜いてあなたに見せることができます本当です

だれもそんなこと聞いてないのに心の中で叫びながら
俺は最後の一針を縫い終えて
やっと終わったってだれよりも安堵して大きく息を吐いた
糸きりばさみでぱちんと残りの糸を切って
「終わりましたよ十代目!」なんて大きな声で言いながら両手をぱっと離した

でも左手だけが何故か離れなかった


「「「あ。」」」


また3人の視線が一つに集中する

離したはずの俺の左手は何故か十代目の右手とくっついていて
高く振り上げたそれを下からじっと見上げると
ボタンを括りつけた糸が俺のカーディガンの袖に引っかかって
というか縫い付けられて
そこから俺のカーディガンの袖と十代目のシャツの袖が
散々苦しめられたあの憎い糸で繋がれてしまっていた

「わ…あ。あ…あ…すっすいません十代目っっ!!」

「や…いいけどさ……はは…」

十代目はそう言ってがくっと頭を下に傾けて(わーすいませんすいませんすいません)
後ろでぼーっとしてたはずの山本はいつの間にか俺たちの腕の下で
そこを見上げながら腹を抱えて笑っている

だけどいつもみたいに何笑ってやがるってわめく気も起きなくて
ただただ恥ずかしさにぎゅっと目を閉じることしかできなかった



窓から差し込んだ光は今度は十代目の瞳じゃなくて
俺の顔を真っ赤に染めていた










これじゃ家庭科は落第だ